圧電素子は小型で,微小変位が可能で,高応答性を持つアクチュエータである.そのため,各種の位置決め機構に適用されている1)?3).一般に,圧電素子の変位は印加電圧を変化させることにより制御される.しかし,印加電圧と変位量の間にはヒステリシスが存在する4).そのため,変位をフィードバックする方法5)6),実験的に求めた数式モデルを用いる方法7)?10),電流源により駆動し電荷量で制御する方法11),静電容量を直列に接続し圧電素子の感度を低減する方法12),直列に接続したインピーダンスにより充電される電荷を測定することにより制御する方法13)?15)などが提案されている.このうち,変位をフィードバックする方法5)6)では,完全なクローズドループを構成できるが,センサ部が大きくなることが多く,機構の小型化の障害になる場合がある.また,制御対象が非線形要素であるため系が不安定になることがある.電流源で駆動し電荷量で制御する方法11)は非常に線形性が良いが,電流源の出力インピーダンスが大きいため,大電流を出力することが困難である.したがって,圧電素子の高速駆動には適さないと考えられる.また,圧電素子に直列にインピーダンスを接続する方法13)?15)では,接続したインピーダンスと圧電素子で電源電圧が分圧されるため,通常より高い電圧で駆動する必要がある.特に,直列に接続する静電容量が小さい場合には,電源電圧は非常に高くなる. 一方,積層型圧電素子は平板コンデンサと同様の構造を持つ.したがって,電圧印加時には,圧電素子の内部電極と平行な外壁には誘導電荷が発生する16)17).この誘導電荷は内部に充電されている電荷に応じて変化すると考えられるので,これを測定することで,圧電素子の状態を推定することが可能になると考えられる.これまでに,外力を加えたときに圧電素子内部に発生する電荷を検出することで,圧電素子を力,加速度,および超音波を検出するセンサとして用いた例は多数あるが18)19),誘導電荷を利用した例は見られない.誘導電荷を検出するために付加する回路は駆動回路とは独立に設計できるため,駆動回路の特性を制限することがない. 本論文では,圧電素子の両端に導体を配置した場合にそこに生じる誘導電荷を測定することで,圧電素子の変位を推定する方法を提案する.続いて,本手法を用いて誘導電荷をフィードバックすることにより積層型圧電素子の変位を制御した結果について述べる. 提案する方式は,電圧源による駆動が可能であるため高速な応答が期待でき,かつ,電圧源が直接圧電素子に接続されるため,高電圧を必要としない.また,構造が簡単なため機構全体を小型に構成することが可能であるという特徴を持つ. |
本測定法を積層型圧電素子に適用する場合の原理を図1に示す.積層型圧電素子は,圧電体の薄板と内部電極とが交互に重ねられた構造を持つ.圧電素子の両端にその内部電極と平行に検出用電極を設置する.圧電素子に電源より電圧を印加すると,内部電極に電荷が充電される.最も外側の内部電極に対向して検出用電極が設置されているため,検出用電極には誘導電荷が発生する.これらの誘導電荷は静電誘導によって生じるものであるので,内部電荷に比例すると考えられる.同図の場合には,上部の検出用電極に負の電荷が,下部には正の電荷が発生する.この誘導電荷をオシロスコープやチャージアンプなどの検出器を用いて測定する.誘導電荷と,圧電素子の変形量,発生力および加えられる外力との関係をあらかじめ校正しておけば,誘導電荷を用いてそれらを測定することが可能となる. | |
Fig. 1 Principle of displacement measurement | |
積層型圧電素子に本方法を適用した場合の等価回路を図2に示す.積層型圧電素子では,各層がコンデンサを構成し,それが並列に接続されている.同図では,圧電効果による電荷発生源を省略して表現している.検出用電極は,圧電素子を構成するコンデンサに直列に接続されている.この等価回路より,駆動側と測定側の接地を共通にすることで,CC1だけを用いて測定することも可能であると考えられる. | |
Fig. 2 Equivalent circuit |
実験装置の構成を図3に示す.積層型圧電素子の両端に検出用電極を瞬間接着剤により接着した.使用した圧電素子の寸法は10×10×20mmで,150V印加時に16mm伸びる.素子の静電容量は6mF,素子単体の共振周波数は約25kHzである.上側の検出用電極は15×15×1mmのアルミニウム板,下側の電極はS45C製である.下側の電極はさらに定盤上に接着されている.チャージアンプへのケーブルは,導電性接着剤で検出用電極に接着した.コントローラにはパーソナルコンピュータ(80386,16MHz)を用いた.制御信号はD/A変換器(分解能:12bit,出力範囲:±10V,変換時間:10ms/ch)を通して出力され,圧電素子駆動アンプ(出力電圧:-50?+250V,周波数範囲:DC?500kHz)で増幅される.誘導電荷の測定には,圧電式加速度センサ用のチャージアンプ(周波数範囲:2Hz?200kHz)を用いた.圧電素子の変位の測定には光ファイバ式変位計(感度:0.011mm/mV,応答周波数:100kHz)を使用した. これらの値は,A/D変換器(分解能:12bit,入力範囲:±10V,変換時間:13ms/ch)によりパーソナルコンピュータに取り込まれる. | |
Fig. 3 Experimental setup | |
圧電素子にステップ状の電圧を印加した場合の検出用電極の出力電圧を,入力インピーダンスが10MWのディジタルオシロスコープで測定した.これから時定数を求めることにより結合容量を求めると,浮遊容量を含めて約200pFであった. |
圧電素子単体の変位の周波数応答を求めた結果を図4に示す.同図(a)は印加電圧と変位の関係を示し,同図(b)はチャージアンプの出力と変位の関係を示す.発振器の正弦波出力を駆動アンプ通して増幅してから圧電素子に印加した.電圧振幅は40Vp-pで一定とした.振幅は50Hzのとき4.4mmp-pであり,この場合の変位を0dBとして表示した.どちらの場合にも,測定した範囲では振幅,位相ともほぼ一定であった.この範囲では,誘導電荷は振幅と位相に関して印加電圧と同様の挙動を示していると言える.周波数が6kHz以上では,駆動アンプの電流容量を越えるため駆動できなかった. | |
(a) Displacement vs. applied voltage | (b) Displacement vs. induced charge |
Fig. 4 Frequency response of piezoelectric element |
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次に,圧電素子の変位量と誘導電荷によるチャージアンプの出力電圧の関係を求めた.定常状態における関係を図5および表1に示す.同図(a)は印加電圧と変位の関係を示し,同図(b)は誘導電荷を測定したチャージアンプの出力電圧と変位の関係を示す.周波数2.5kHzの正弦波を印加し,定常状態で測定した.変位と電圧の関係においては,印加電圧を23?76Vの間で変化させた場合にはヒステリシスは14.0%あった.傾きは,23?76Vの間で変化させた場合と61?80Vの間で変化させた場合では,48%の差があった.一方,変位と誘導電荷の間のヒステリシスは1.0%であった.また,傾きの差は,0.9%であった.これより低い周波数においても同様の結果が得られた. | |
(a) Displacement vs. applied voltage | (b) Displacement vs. induced charge |
Fig. 5 Hysteresis loop |
圧電素子にステップ状の電圧を印加した場合の変位と誘導電荷の過渡応答を図6に示す.ステップ状の印加電圧は29Vとした場合,チャージアンプの出力は変位と同様の波形が得られた.図6の応答より,圧電素子の伝達関数Gpiezo(s)は印加電圧を入力とし変位を出力とすると,2次系で表現することができ, | |
Fig. 6 Step response of displacement and induced charge of piezoelectric element | |
(1) | |
となる.ただし, zpは減衰比,wpは圧電素子の固有角振動数,Kpiezoは静的な変位もしくは誘導電荷量である.固有振動数と減衰率を表2に示す.固有振動数は一致しているが,減衰率はチャージアンプの出力の方が大きい.これは,チャージアンプへの漏れ電流の影響であると考えられる.Kpiezoは図5および表1に示したように電圧振幅およびバイアスにより変化するが,図6の場合には約0.076mm/Vであった. 変位と誘導電荷の相関係数は0.951であった.このことからも,誘導電荷は変位制御に用いることができると考えられる. |
実験に用いた系のブロック線図を図7に示す.同図(a)は変位フィードバックの場合で,同図(b)は誘導電荷フィードバックの場合である.パーソナルコンピュータのサンプリング周波数が圧電素子の共振周波数より低いため,制御実験時にはアンプの前にローパスフィルタ(遮断周波数:50Hz)を挿入した.4.2節に示したように一般に圧電素子の伝達関数は2次系として表現されるが20),今回は圧電素子の自己共振周波数よりアンプの前に挿入したローパスフィルタの遮断周波数のほうがはるかに低いため,1次遅れ系と見なすことができ, | |
(a) Displacement feedback control | |
(b) Induced charge feedback control | |
Fig. 7 Block diagram of system | |
(2) | |
と表現される.ただし, wLは低周波遮断角周波数,Kpiezo’は静的な変位である. 4章で求めた圧電素子の変位とチャージアンプの出力との関係を用いてローパスフィルタを含む圧電素子のモデルを1次遅れ系で仮定し,比例制御により変位を制御した.図2で示したシステムで設定可能な最短のサンプリング時間は0.3msであったため,この実験ではこのサンプリング時間を採用した. |
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オープンループの場合のステップ応答を図8(a)に,変位フィードバックの場合のステップ応答を同図(b)に,誘導電荷フィードバックの場合のステップ応答を同図(c)に示す.図中の縦の破線はステップ入力の立ち上がりを示す. 同図(a)のオープンループの場合には,時定数の測定値は圧電素子駆動アンプの前段に挿入したローパスフィルタにより決定され3.0msであった. 入力はステップ状に変化させ,目標値は1mmとした.図中では,入力のタイミングを点線で表示した.どちらの場合も比例ゲインKpは5とした.立ち上がり時間,5%整定時間,オーバシュート量,定常偏差を表3に示す.誘導電荷量に比例するチャージアンプの出力をフィードバックした場合でも,変位をフィードバックしたのと同様の結果が得られた. 電源周波数(60Hz)の外来ノイズが誘導電荷の信号に混入したため,電荷フィードバックによる制御の場合にはその影響を受けることがあった. | |
(a) Open loop control | |
(b) Displacement feedback control | (c) Induced charge feedback control |
Fig. 8 Examples of displacement control |
5.2逆伝達関数補償法を用いた制御
チャージアンプは,ハイパスフィルタと同様の周波数特性を持つため,遮断周波数により決まる時間よりはるかに長い時間にわたる変位制御に用いることは困難である.そこで,逆伝達関数補償法21)?23)を適用することでチャージアンプの伝達関数を1に近づけ長時間の変位制御を試みた. 5.1節の制御法により数秒間変位制御した場合の圧電素子の変位とチャージアンプ出力との変化を図9に示す.変位はチャージアンプの出力の減少にしたがい急激に増加している.また,チャージアンプの出力は,一度アンダシュートしてから0Vになっている.したがって,実験に用いた設定では,チャージアンプは2次系の伝達関数を持つと考えられる.したがって,チャージアンプの伝達関数は,入力される電荷をQ(s),出力電圧をVo(s)とすると, | |
Fig. 9 Induced charge feedback control for a long time | |
(3) | |
で表される.逆伝達関数補償法を適用する場合の,補償後の出力をVcomp(s)とすると, |
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(4) | |
となる.sとzの関係を(T:サンプリング時間)としてz変換すると, | |
(5) | |
となる.これを逆z変換して, |
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(6) | |
となる.ただし,(n -1),(n-2)はそれぞれ1サンプル前,2サンプル前を表す.本実験では,z=0.9,wc=3.3×10-6rad/s,T=0.45×10-3sとした.目標変位を1mmとし,ステップ入力を与えた場合のPID制御の結果を図10に示す.逆伝達関数補償法を適用することにより,変位が一定に保たれていることが観察される.10秒程度までは変位は一定であるが,それを越えると変位のドリフトが無視できなくなった.これは,同定したチャージアンプの伝達関数がわずかでもずれていると誤差が蓄積される,外来ノイズによるチャージアンプの出力の変動などが原因と考えられる. |
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Fig. 10 Induced charge feedback control by compensating with inverse transfer function |
得られた結果をまとめると以下のようになる.
(1)圧電素子の変位と誘導電荷の比は,振幅,バイアス電圧によらず一定であった.また,誘導電荷の変位に対するヒステリシスは1%であった. (2)積層型圧電素子の外側に設置した導体に発生する誘導電荷をフィードバックすることで,圧電素子の変位量を制御した. (3)逆伝達関数補償法により圧電素子の変位を制御した結果,5秒以上の安定した変位が得られることが明らかになった. 今後は,外来ノイズの低減法を検討し,さらに精密に変位を制御するとともに,外力の影響を検討する予定である. |
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